杉並聖真ルーテル教会

マルチン・ルターの宗教改革の流れを受け継ぐプロテスタントのキリスト教会です。

永遠の命を得るために

1さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。 2ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」 3イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」 4ニコデモは言った。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」 5イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。 6肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。 7『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。 8風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」 9するとニコデモは、「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。 10イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなことが分からないのか。 11はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。 12わたしが地上のことを話しても信じないとすれば、天上のことを話したところで、どうして信じるだろう。 13天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。 14そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。 15それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。

1. 教えを請いに来たニコデモ

ファリサイ派に属し、ユダヤ人たちの議員であるニコデモが、ある夜、イエスさまのもとに来て、言いました。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです」(2)。

「ラビ」とは、律法の教師のことで、10節でイエスさまが「イスラエルの教師」と呼んだとおり、ニコデモ自身も律法の教師です。教師であるニコデモがわざわざ訪ねてきたのは、イエスさまを「神のもとから来られた教師」と見て、そのような特別な教師に教えを請いたかったからです。

彼は何を教わりたかったのでしょうか。マタイによる福音書には、ある富める青年がイエスさまに教えを請うた記事があります。「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか」(マタイ19章16)。この問いが、ニコデモの問いでもあったのでしょう。

もちろん、彼は教師ですから、これまで人に教え、自ら実践してきたことがありました。神の律法に従って善いことも行ってきたのです。しかし、それで十分だとは思えず、まだ足りない、このままでは神の国に入ることもできない。そう思ったからこそ、神のもとから来られた特別な教師の教えを請いにきたのです。

2. 新たに生まれる

イエスさまは、ニコデモの求めは聞かなくても分かっていました。ですから、問われる前に、単刀直入にこう答えたのです。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」(3)。それは、今まで行ってきたことに、何かを付け加えたらよいという単純な答えではありませんでした。イエスさまは、「あなたに必要なのは、新たに生まれることだ」と言ったのです。

では、「新たに生まれなければならない」とはどういう意味でしょうか。ニコデモはこう理解したようです。「何か善い行いを付け加えるぐらいで、神の国を見ることができると思うな。あなたは生まれるところから、人生そのものを全部やり直さなくてはならない」と。もし、これがイエスさまの真意であるなら、厳しい言葉ではありますが、もっともだとも思います。実際、ニコデモにせよ、ここにいる私たちにせよ、やり直したいことはいくらでもあるでしょう。しかし、年を取るほどに、人生はやり直しが利かないと痛感させられることが増えるのです。

ですから、ニコデモは言ったのです。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか」(4)と。彼は議論のための議論をしているのではありません。やり直しが利かない人生という、悲しくも動かしがたい事実を、そのまま述べているのです。

3. 水と霊とによって生まれる

しかし、イエスさまはそんなニコデモに言いました。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない」(5)と。人はあくまでも「新たに生まれなければならない」のです。ただし、ニコデモが考えていることとは意味合いが違います。

この「新たに」と訳されている言葉には、「上から」という意味もあります。「上から」とは「神から」あるいは「神によって」ということです。要するに、イエスさまは「あなたは神によって新たに生まれなければならない」と言っているのです。

人は神によって新しく生まれることができます。母の胎からやり直さなくてもよいのです。イエスさまはそれを「水と霊とによって生まれる」と表現しました。この「水」は「洗礼」を指しますが、洗礼の水そのものが人を新たに生まれさせるわけではありません。人を新たに生まれさせるのは、そこに働く神の霊、聖霊です。

聖霊の働きで人は新しく生まれることができるのです。私たちは、上から、神の霊から生まれ、神の子となります。水と霊とによって新しく生まれて、イエスさまが「アッバ、父よ」と呼ぶ神を、同じように「アッバ、父よ」と呼んで生きるのです。

後に、この恵みを経験したパウロが、ローマの信徒に宛てた手紙の中でこう言っています。「あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、『アッバ、父よ』と呼ぶのです」(ローマ8章15)。

ニコデモに必要なのは、まさにこれです。教えと戒めを受けて善い行いを増やすことではありません。神の恵みによって新しく生まれること、霊の働きで神の子とされることです。神の子として、親に信頼し、「アッバ、父よ」と呼び求めながら生きていくことなのです。そのような神の子として、神の国を見るのです。

4. 上げられた人の子

けれども、ニコデモは言いました。「どうして、そんなことがありえましょうか」(9)と。それに対してイエスさまは長い答えを返します。きょうはとくにその中の14節と15節に耳を傾けましょう。こう書かれています。「そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである」(14‐15)。

「モーセが荒れ野で蛇を上げた」というのは、民数記21章に出ている話です。

イスラエルの民は神の救いによってエジプトにおける奴隷生活から解放されました。しかし、人々は長い旅の途中で神の恵みを忘れ、耐え難くなって不平を言うようになりました。「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのですか。荒れ野で死なせるためですか。パンも水もなく、こんな粗末な食物では、気力もうせてしまいます」(民数記21章5)。すると「炎の蛇」と呼ばれる毒蛇が民を襲撃して多くの人々が命を落としました。彼らは自らの罪に気づき、罪を悔い、モーセのもとに来て言います。「わたしたちは主とあなたを非難して、罪を犯しました。主に祈って、わたしたちから蛇を取り除いてください」(同21章7)。

そこでモーセが主に祈ると、主はこう言われました。「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る」(8)と。さっそくモーセは青銅の蛇を造って掲げます。すると「蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た」(9)のでした。

蛇にかまれた者に対して、神はただ青銅の蛇を仰ぎ見ろと言われました。それが「わたしたちは罪を犯しました」という彼らの言葉に対する神の答えでした。すなわち、掲げられた蛇は、罪が赦され、罪が取り除かれたしるしです。それゆえに、彼らは、神の言葉を信じて、ただ仰ぎ見るだけでよかったのです。

ですから、その蛇と同じように、イエスさまも上げられなくてはなりません。そして、実際イエスさまは十字架の上で、あの呪われた蛇と同じように、私たちの代わりに呪われたものとなり、私たちすべての者が仰ぎ見ることのできる、罪のゆるしのしるしとなったのです。そして、さらには天に上げられ、父の右の座において、私たちのために執り成していてくださるのです。

イスラエルの民は、ただ信じて仰ぎ見るだけで命を得られました。そして、同じように、私たちも信じて仰ぎ見るようにと、毎週こうして御許に集めていただいています。今週もすべてを成し遂げて天に上げられた救い主を仰ぎ、聖霊によって新たに生まれた神の子らとして、喜びと感謝をもって仕えてまいりましょう。

祈りましょう。天の父なる神さま。あなたは世を愛して御子イエスを世に遣わし、愛と救いの御心を世に現わしてくださいました。どうか御言葉と聖霊によって導き、私たちを福音の証し人として新たに歩む者としてください。救い主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

(この説教では、1-15節までに限定しました)

続きを読む


QRコード