マルチン・ルターの宗教改革の流れを受け継ぐプロテスタントのキリスト教会です。

主日礼拝の後、30分程度の読書会を会員主導で行っています。課題図書は三浦綾子氏の『新約聖書入門』です。

杉並聖真ルーテル教会の責任教職(牧師)は、本年度も飯能ルーテル教会の責任教職を兼務します。奇数月の第2日曜日に飯能教会に出張するため、当日の杉並教会の礼拝式は信徒のみで守ります。
次回予定: 7月12日

毎月第3木曜日に夕礼拝を行っています。開式時刻は19時です。日課は『ガラテヤの信徒への手紙』から要所を選んでいます。
次回予定: 7月16日
11兄弟たち、あなたがたにはっきり言います。わたしが告げ知らせた福音は、人によるものではありません。 12わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです。
13あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました。 14また、先祖からの伝承を守るのに人一倍熱心で、同胞の間では同じ年ごろの多くの者よりもユダヤ教に徹しようとしていました。 15しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、御心のままに、 16御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき、わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせず、 17また、エルサレムに上って、わたしより先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、アラビアに退いて、そこから再びダマスコに戻ったのでした。
ガラテヤ書1章11節から17節までの箇所は、パウロという一人の人間が、どのようにして「キリストの使徒」になったのか、その劇的な転換点と、彼が語る「福音」の出どころがどこにあるのかを熱烈に語っている場面です。
まず、パウロは非常に強い口調で、自分が伝えているメッセージの正当性を主張します。《兄弟たち、あなたがたにはっきり言います。わたしが告げ知らせた福音は、人によるものではありません》
(11)。
パウロがここで「人間によるものではない」と強調しているのには理由があります。当時、ガラテヤの教会には「パウロはエルサレムの使徒たちからまた聞きした教えを勝手にアレンジして伝えているだけだ」とか、「彼の教えは不完全だ」と批判する人々が入り込んでいました。
しかし、パウロは断言します。この福音は、誰かから教わった知識でも、伝統として受け継いだものでもない。《わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです》
(12)。
「啓示」(アポカリュプシス)という言葉は、ベールが剥がされることを意味します。隠されていた真実が、神の方から一方的に示されたということです。
マルティン・ルターはこの箇所について、その著書『ガラテヤ書大注解』の中でこう述べています。「福音は、私たちの理性がひねり出した思想ではない。それは天から降ってきたものである」。
次に、パウロは自分の恥ずべき過去を振り返ります。なぜなら、自分の過去が凄惨であればあるほど、それを変えた神の力が際立つからです。《あなたがたは、わたしがかつてユダヤ教徒としてどのようにふるまっていたかを聞いています。わたしは、徹底的に神の教会を迫害し、滅ぼそうとしていました》
(13)。
パウロは元々、ユダヤ教の厳格なファリサイ派のリーダー候補でした。彼は誰よりも律法に熱心で、イエスさまを信じる人々を「神を冒涜する者」として捕らえ、死に追いやることさえ厭わなかったのです。《また、先祖からの伝承に対しても人一倍熱心で、同胞の間では同年代の多くの者よりもユダヤ教に深く入り込んでいました》
(14)。
ここで注目したいのは、パウロが「悪い人」だったから教会を迫害したのではない、という点です。むしろ、彼は「人一倍熱心」で「正義感に溢れていた」からこそ、教会を攻撃しました。自分の信じる「正しさ」や「伝統」を守るために、他者を排除していたのです。
これは、私たちの日常にも通じる問題です。自分が正しいと信じ込む情熱が、時に最も残酷な形で現れることがあります。パウロの過日の行動は、まさにその極致でした。
そんなパウロの人生に、神が介入します。《しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによって召し出してくださった神が、・・・御子をわたしに示して、その福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき・・・》
(15-16)。
パウロはここで、自分の回心を「自分の決心」ではなく「神の選び」として描いています。「母の胎内にあるときから」という表現は、預言者イザヤやエレミヤが召し出された時と同じ言葉です。
パウロがどれほど神に背を向け、教会を壊そうとしていても、神の側では、すでに彼を用いる計画を立てていました。これがパウロの驚きであり、感謝の根源でした。
ここで、ルカ福音書7章47節の言葉が思い出されます。罪深い女がイエスさまの足に香油を塗った際、イエスさまはこう言いました。《この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない》
(ルカ7章47)。
パウロもまた、この女性と同じ体験をしました。教会を迫害するという「大きな罪」を犯していたからこそ、それを赦されたときに受けた神の愛は、計り知れないほど大きなものとなったのです。パウロの爆発的な伝道のエネルギーは、この「赦されたことの大きさ」から来ています。
ルターはこの構造を「義人にして罪人」という言葉で表現しました。自分が罪人であることを深く自覚する者ほど、神の恵みの大きさを知ることができるのです。
神の啓示を受けた直後のパウロの行動は、少し不思議に見えるかもしれません。《・・・わたしは、すぐ血肉に相談するようなことはせず、また、エルサレムに上って、わたしより先に使徒として召された人たちのもとに行くこともせず、アラビアに退いて、そこれから再びダマスコに戻ったのでした》
(16-17)。
普通なら、何か大きな宗教体験をしたら、すぐに教会のリーダー(ペトロやヤコブなど)に会いに行って、それをどう受け止めるかを「これで合っていますか」と確認したくなるはずです。しかしパウロはそれをしませんでした。
「血肉を分けた人間」つまり、人間の知恵や権威には頼らなかった。彼はまず「アラビア」へ行きました。このアラビアでの数年間、パウロは何をしていたのか、聖書は詳しく語っていません。おそらく彼は、自分がこれまで学んできた旧聖書の知識が、イエス・キリストという光の中でどのように塗り替えられるのか、神と一対一で向き合い、深く黙想していたのでしょう。
パウロはコリントの信徒への手紙二において、こうも言っています。《キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造さられた者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた》
(コリント二5章17)。
パウロにとって、キリストとの出会いは、情報のアップデートではなく、人格そのものの再創造でした。だからこそ、人間の承認を得る前に、まず神との個人的な関係の中で、その福音を確かなものにする必要があったのです。
さて、このパウロの個人的な告白から、私たちは何を学べるでしょうか。
第一に、「神の恵みは、私たちの過去を塗り替える」ということです。パウロのように、どれほど間違った方向に熱心であったとしても、神の召しはそれを無効にしません。むしろ、その過去さえも用いて、神のわざを成し遂げられます。
第二に、「福音の根拠をどこに置くか」という問いです。パウロがエルサレムの使徒にすぐ会わなかったのは、彼らを軽視したからではありません。自分の語る福音が、多数決や人間の伝統によって決まるものではなく、ただ神の真実に基づいていることを示したかったのです。
ルターは、当時のカトリック教会の権威に対して「聖書のみ」という原則を立てて対抗しました。それは、教会のルールや人間の教えが、神の純粋な恵みの言葉を覆い隠してしまわないようにするためでした。
今の私たちも、周囲の評価や世間の「正しさ」に振り回され、自分を責めたり、逆に他者を攻撃したりすることがあります。しかし、ルカ7章47節が教えてくれるように、私たちはまず「赦された者」として神の前に立っています。《この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる》
。
私たちが神を愛し、隣人を愛することができるのは、私たちが立派だからではありません。パウロがそうであったように、自分が「母の胎内にあるときから」神に愛され、赦され、選ばれているという圧倒的な事実を受け入れたとき、そこから新しい人生が始まるのです。
パウロの物語は、彼一人の特別な物語ではありません。福音に出会ったすべての人の物語です。皆さんの人生にも、神様はすでに介入しておられ、ふさわしい時に「御子を示して」くださいます。その恵みを信頼して、今日という一日を歩んでいきましょう。
祈りましょう。天の父なる神さま。あなたは御子イエス・キリストによって私たちと出会ってくださいました。生まれる前から、私たちの生涯は、あなたの愛の眼差しの内に置かれています。このことを感謝して受け取る歩みへと導いてください。救い主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン