杉並聖真ルーテル教会

マルチン・ルターの宗教改革の流れを受け継ぐプロテスタントのキリスト教会です。

読書会について

主日礼拝の後、30分程度の読書会を会員主導で行っています。課題図書は三浦綾子氏の『新約聖書入門』です。

夕礼拝について

毎月第3木曜日に夕礼拝を行っています。開式時刻は19時です。日課は『ガラテヤの信徒への手紙』から要所を選んでいます。

次回: 6月18日

牧師不在の礼拝式について

杉並聖真ルーテル教会の責任教職(牧師)は、本年度も飯能ルーテル教会の責任教職を兼務します。奇数月の第2日曜日に飯能教会に出張するため、当日の杉並教会の礼拝式は信徒のみで守ります。

出張予定日: 7月12日

三位一体の神と共に歩む

16さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。17そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」

1. ガリラヤの山へ:再会と新創造の舞台

きょうの箇所は、「大宣教命令」として知られる、キリスト教にとって最も重要な場面の一つです。ここは単なる「お別れの言葉」ではありません。絶望の淵にいた弟子たちが、宇宙の統治者となった主、イエスさまと再会し、新しい世界へと押し出されていく「派遣の式典」です。

この箇所に流れているのは、父・子・聖霊という「三位一体」の神が奏でる、圧倒的な愛のハーモニーです。ここに示された「三位一体」の神の愛がいかに私たちを支えているのかを、味わっていきたいと思います。

きょうの箇所はこう始まります。《さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った》(16)。

ガリラヤは弟子たちがイエスさまと初めて出会い、網を捨てて従った「初愛の場所」です。そして聖書において「山」は、神が人と出会い、決定的な啓示を与える聖なる場所を意味します。かつてモーセがシナイ山で十戒を授かり、神の民としての指針を受け取ったように、弟子たちは今、復活された主イエスさまから「新しい時代」の憲法を受け取ろうとしているのです。

ここには「十一人」と記されていて、ユダがいません。欠けた数、癒えない傷跡、裏切りの記憶が、その数字に刻まれています。しかし、そこには果たして「十一人」しかいなかったのでしょうか。

復活の第一目撃者となった勇気ある女性たち、イエスさまの背中を追い続けた名もなき弟子たち。おそらく、数えきれないほどの人々が、震える足でその山を登ったはずです。しかし、マタイがあえて「十一人」と書いたのは、彼らが「教会の土台」としての公的な責任を託されたからです。どんなに不完全で、欠けのある群れであっても、主イエスさまは彼らを「わたしの教会」として任命された。その事実に、私たちはどれほど救われることでしょうか。

2. 「疑う者」を抱えたままの礼拝

そして驚くべき言葉がつづきます。《そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた》(17)。

福音書の最後、それも復活した主イエスさまを目の前にしてなお、「疑う者」がいたというのです。この「疑う」という言葉は、単なる知的な不信ではありません。「二つの心の間で揺れ動く」という意味です。「本当に、このお方は私の知っているイエスさまなのか」、「あんなに無残に死んだ方がどうしてここに」、そんな不安と戸惑いに動揺しいていた弟子がいたのです。

しかし、ここからが福音(良い知らせ)の真髄です。イエスさまは、疑う彼らを叱責したり、「信じない者は去れ」と突き放したりせず、《イエスは近寄って来て、言われた》(18a)。イエスさまは、疑う彼らの方へと「近寄って」くださったのです。

これこそが三位一体の神の愛の姿です。完璧な信仰を持っている人だけを招くのではありません。むしろ、信じきれずに立ちすくみ、震えている人のために、イエスさまは一歩、歩み寄ってくださる。イエスさまが語りかけた宣教の使命は、確信に満ちた者だけでなく、その横で立ち尽くしていた「疑う者」をも含めた、全員に向けられたものだったのです。

3. 「だから」に込められた、宇宙最大の権威

イエスさまは宣言します。《わたしは天と地の一切の権能を授かっている》(18b)。なぜ、神はイエスさまにこれほどの権能を授けられたのか。それは、イエスさまが私たちの罪を背負って十字架にかかり、死の力を打ち破られたからです。この権能は、軍事力や経済力のような、誰かを踏みつけるための力ではありません。「失われた者を救い、壊れた世界を修復する」ための、愛の権威です。

《だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい》(19a)。「だから」は、弟子たちの拠り所を示します。世界に出ていく彼らを支えるのは、彼ら自身の勇気や雄弁さではなく、ましてや彼らの「疑いのなさ」でもありません。「わたし(イエスさま)は天と地の王である。だから、あなたたちは安心して行きなさい」という上からの強い援護が、彼らを、また私たちを支えるのです。

宣教とは、私たちが何かを成し遂げることではありません。すでに勝利を収められたイエスさまの権威の影に隠れて、その勝利を告げ知らせに行くだけのことなのです。あなたが今日、職場で、家庭で、困難な人間関係の中でキリスト者として生きようとする時、その背後には「天と地の一切の権能」が控えていることを忘れないでください。

4. 三位一体の名:愛の交わりへの招待状

ここで、キリスト教の核心である「三位一体」が鮮やかに示されます。《父と子と聖霊の名によって洗礼を授け・・・》(19)。

注目すべきは、「名」という言葉が単数形であることです。父、子、聖霊。三つの異なる「位格(ペルソナ)」でありながら、その心、その本質、その愛は一つ。これが「三位一体」の神秘、キリスト教の奥義です。

マルティン・ルターは、この難解に見える教えを『小教理問答書』の中で、私たちの実生活に引き寄せて、解き明かしました。

父なる神: 私を無から造り、体と魂、目と耳を与え、今この瞬間も、着る物や食べ物、家族や友を与えて守り続けてくださる「慈しみ深き親」です。

子なる神(イエス): 罪という深い泥沼に沈み、死の恐怖に怯えていた私を、金や銀ではなく、ご自身の尊い血をもって買い取ってくださった「救い主」です。

聖霊なる神: 自分の力では決してイエスさまを信じることができない私の心に働きかけ、福音を教え、教会という家族に招き入れ、日々私を聖めてくださる「命の息吹」です。

ルターはまた、聖霊についてこう述べています。「聖霊は、地上にある全キリスト教会を呼び集め、一つにまとめ、照らし、聖め、イエス・キリストにおいて、一つの正しい、まことの信仰のうちに保ってくださるのです」。

三位一体を信じるとは、「私は、父に愛され、子に贖われ、聖霊に導かれている」という、三重の愛の囲いの中に生きていることを確信することなのです。洗礼とは、この永遠に壊れることのない「神の愛の交わり」の中に、私たちの名前が書き込まれるという、この上なく光栄な出来事なのです。これが、「三位一体」が重要な教えであることの理由です。

5. 「いつも共にいる」という、魂の錨

説教の締めくくりとして、イエスさまは具体的な実践を命じ、そして最も美しい約束を私たちに手渡されます。《あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる》(20)。

「守るように教えなさい」という言葉に、私たちは身が引き締まる思いがします。しかし、主は重荷だけを負わせる方ではありません。その直後に、最高の慰めを置かれました。「いつも(すべての日に)、あなたがたと共にいる(エゴー・エイミ)」。

「エゴー・エイミ(わたしはある)」という言葉は、旧約聖書において神がご自身を名乗った時の言葉です。つまり、天地を造られた神ご自身が、あなたの隣を歩む、と言っているのです。

さらに、これはマタイ福音書の冒頭にあった「インマヌエル(我らと共にいます神)」という名の成就でもあります。この約束は、どれほど心強いことでしょうか。

皆さんの人生には、晴れの日もあれば、激しい嵐の日もあるでしょう。しかし、イエスさまは、「良い時も、悪い時も、あなたがたが私を忘れている時でさえ、わたしは一刻も休まず、あなたのそばにいる」と言われるのです。

この約束は、弟子たちの、そして私たちの「魂の錨(いかり)」です。どんなに激しい世の荒波の中でも、この錨が天の玉座につながっている限り、私たちは流されることはありません。

6. 結び:三位一体の神と共に、新しい一歩を

私たちはもう独りではありません。「父」なる神の創造の御手の中にあり、「子」なる主イエスの贖いの愛に包まれ、「聖霊」なる神の励ましの中を歩んでいます。

「疑う者」がいてもいい。弱さがあってもいい。イエスさまはそんなあなたに「近寄り」、その肩を抱き、「わたし自身が共にいる。だから、安心して行きなさい」と背中を押してくださいます。このイエスさまの権威と、愛と、臨在を信じて、勇気を持って一歩を踏み出しましょう。

祈りましょう。天の父なる神さま。復活し天に上げられた御子は、今もなお霊においていつも私たちと共にいてくださいます。私たちが福音宣教の使命を託されている光栄をつねに覚えて、その使命に励んでいけるよう、力をお与えください。救い主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

続きを読む


QRコード